大紀元社説シリーズ『九評』(共産党についての九つの論評)
【その五】江沢民および中国共産党が相互に利用しあって
法輪功を迫害することを評する
      張付珍さんは38歳くらいで、山東省平度市現河公園の元女性従業員であった。彼女は2000年11月、上京し、法輪功のために陳情したが、拉致された。ある情報によると、公安局関係者は張付珍さんの服をすべ剥ぎ取り、髪の毛をすべて切り落とした後、彼女を侮辱し始めた。「大」の字でベッドに縛られたので、大小便はすべてベッドの上で済ましていた。後に、公安局関係者が彼女にある種の毒を注射すると、張付珍さんはすぐに苦痛のため狂ったかのようにもがき始め、そのまま彼女はベッドの上で痛ましくも悶絶しながら死亡した。「610オフィス」の官員たちは全員、その場で一部始終を見ていた(明慧ネット2004年5月31日による報道より)。

       黒龍江省万家労働教養所に、妊娠6、7ヶ月の、ある妊婦がいた。両手は強制的に桁に縛られたまま、足を乗せていた椅子が蹴飛ばされた。そのため体全体は宙に浮いていた。手を離すとすぐ急速に落下するため、この妊婦は筆舌に尽くしがたい苦痛を伴う虐待を受け、流産してしまった。さらに残酷なのは、警察は、妻が虐待される様子を全て、夫に側で見るように強制した(明慧ネット2004年11月15日、万家労働教養所で百数日の残酷刑を受けた王玉芝さんへの取材報道より)。

       耳にするのもおぞましい、こうした残酷な事例は、現代の中国で起きていることだ。しかも、その迫害は、法輪功学習者の身の上で起きている。そして、これはまた、五年間にわたって継続的に迫害されてきた無数の虐殺事件における氷山の一角にすぎないのである。

       改革開放以来、中国共産党は国際社会で積極的そして進歩的な一つのイメージを作り上げるのに全力をかけている。だが、法輪功への血なまぐさい、そして理性を欠いた迫害が近年広範にわたり、その凄まじい圧迫および手段の残忍さは、国際社会に中国共産党の真実な一面を再び露呈し、中国共産党の人権における最大の汚点となった。責任を警察の堕落だと思いこみ、中国共産党は改善され進歩していると、人々が誤認している現在、今回の上から下まですべてにわたる組織的な法輪功への迫害は、人々が抱いていた、その幻想を徹底的に打ち壊した。「なぜこのような血なまぐさい、かつ荒唐無稽な迫害が、中国で発生しうるのか?二十年前の文革に対して“混乱を静めて正常に戻し”たばかりの今日、なぜ歴史は再び邪悪循環に墜落したのか?なぜ“真善忍”を原則とする法輪功が世界60カ国にも普く伝えられているのに、たった一国、中国だけで迫害に遭わなけらばならなかったのか?今回の迫害で、江沢民および中国共産党とは一体どんな関係にあるのか?」と、多くの人々は考えるようになった。

       江沢民には徳も無ければ能力もない。もし中国共産党という、殺人および嘘のでっち上げを専門とする、正確に動く暴力マシンがなければ、全中国に波及し、ひいては海外にも及んだ集団虐殺的な迫害を発動することは、彼には決して出来なかったのである。同様に、もし江沢民という強情で独断専行のような邪悪な独裁者がいなければ、目前の開放政策および世界と軌道を接する国際情勢の中で、中国共産党も歴史の潮流に逆行して動けなかったはずである。まさに江沢民および共産党邪霊との相互による呼応、共鳴こそが、まるで雪山を登る者の声と積雪との共振で雪崩のような災難を引き起こすように、江沢民および中国共産党も相互を利用しあって、弾圧の邪悪さを古今未曾有のところまで拡大することができたのである。

一、 成り上がりの、類似する歴史がもたらした、同様の危機感

      江沢民は1926年に生まれた。中国共産党が常に人民にその血なまぐさい権力闘争の歴史を覆い隠してきたように、江沢民も常に中国共産党および人民に彼の売国奴の歴史を覆い隠してきた。

       江沢民が17歳の時、世界ではファシズムに反対する戦争の勢いはすでに非常に激しくなっていた。愛国青年たちが次から次へと前線に馳せ参じて抗日救亡運動に参加するとき、一方江沢民は、汪精衛の傀儡政府が1942年に南京で創設した中央大学で高等教育を受けることを選択した。様々な調査によれば、その理由とは、江沢民の父である江士駿は日本が江蘇を占領している間、中華侵略日本軍の反華宣伝機構の高官に任命されていたためである。正に正真正銘の売国奴である。

       国を売る売国奴としての面においても、江沢民は中国共産党とまるで一つのわだちから出たように、中国人民に対して感情が欠乏し、思うままに中国人民を虐殺することができた。 中国共産党が国内戦争において勝利を獲得した後、江沢民は中国共産党に紛れ込み富貴を求めるために、自分は早年に中国共産党に加入し、後に賊に撃たれて死んだ叔父江上青の養子となったと偽証し、この関係を利用して数年間で、初級幹部から電子工業部の副部長へと昇進した。江沢民の昇進はその本領によるものではなく、人間関係で上手く立ちまわったためであることは、明らかだ。江沢民は上海市委書記在任中、毎年上海で春節を過ごす李先念氏、陳雲氏などの党内の元老に対して媚びへつらいを極めた。かつて、李先念に誕生日ケーキを送るため、堂々たる上海市委書記様が大雪の積もった大地の上で数時間も恭しく待っていたのである。

       1989年6月4日に起きた“64”天安門事件は、江沢民生涯のもう一つの転換点となった。彼は強力な弾圧を通して事実をあるがままに報道する『世界経済導報』を弾圧し、人民代表大会委員長の万里氏を軟禁したこと、および“64”事件への弾圧を支持したことで中国共産党の総書記まで伸ばし上ったのである。64事件よりずっと前に、江沢民はすでにケ小平に秘密な手紙を送り、“きっぱりとした措置”を採用するように、でなければ“国および党も歿する”と要求していた。この15年来、江沢民はさらに“安定はすべてを圧倒する”ことを理由にして、異議を唱えたすべての人士および独立信仰団体に対してほしいままに弾圧虐殺を行ってきた。

       中ロ両国は1991年に国境線を決める際に、江沢民はツアー(ロシア皇帝)および旧ソ連の中国に対する侵略を全面的に認め、『アイグン条約』を始めとするすべての中ロ不平等条約を引き受け、百数十万平方ヘクタールの中国領土を売り渡した。江沢民の略歴を見渡すと、彼は売国奴の長男として烈士の遺児を偽証し、身をもって共産党の“騙し”を実践したのである。64天安門事件虐殺を支持し、民主化運動および信仰の人士を弾圧することで、自ら共産党の“殺し”を実践したのである。中国共産党はかつて第三コミンテル遠東支部としてソ連の命令に従い、江沢民は無償で国土を売り渡し、身をもって共産党の“売”を実践したのである。

       江沢民および中国共産党には、卑劣な成り上がりの、類似した歴史を持っている。このため両者は、権力に対して極度な不安感を持つことが避けられない運命となった。

二、 江沢民は中国共産党と同様に“真善忍”を恐れている

      国際共産主義運動の歴史は数億人の血で書かれたものである。共産国家のほとんどは、スターリン式の粛清を経験してきたのである。濫りに無辜な人民を殺しその数はすぐに百万人、千万人に上る。前世紀90年代に、ソビエトが解体し、東欧に激変をもたらし、共産党陣営は一晩のうちに大半の山河を失った。中国共産党がこの事件から得られた教訓とは、即ち弾圧を停止し、広く言論発表の道を開かせることは自ら滅亡を招くことになる。もし広く言論発表の道を開かせたら、血なまぐさい暴行はいかにして覆い隠すか?イデオロギー上の騙しはどうやって自説のつじつまを合わせることができようか?もし弾圧を停止すれば、人民は恐怖および威嚇を失うようになり、共産党以外の生活方式および信仰を選ぶようになるではないか?共産党の生存を支える社会基礎はどこにあるのか?中国共産党はその形式がどんなに変わろうとも本質が変わることはない。そのため民衆を騙すなら必ず死ぬまで騙さなければならない。人民を弾圧するなら必ず最後まで弾圧しなければならない。これは“64”事件の後に声高に“すべての不穏な要素を萌芽の状態のうちに消滅せよ”と叫ぶ江沢民が極度の恐怖の中で出した結論である。

       ちょうどこのときに、中国に法輪功が現れた。法輪功は当初たくさんの人に病気治療および健康保持に不思議な効き目のある気功だと考えられていたが、後に人々はだんだんと法輪功の核心は簡単で学びやすい五式の功法ではなく、“真善忍”を持って学習者に良い人となるように指導することにあることに気づいてきた。

(一) 法輪功は“真善忍”を信じ、共産党は“偽、悪、争”を信じる

      法輪功は“真”を唱道する。これには本当のことを言い、偽りのないことを成すことを含めている。しかし中国共産党はその反対に常に嘘によって洗脳を行ってきた。もし人々が本当のことを言うようになれば、民衆は中国共産党が元来ソ連に頼り、殺人、拉致、逃亡、アヘン栽培、偽の抗日などで家業を作り上げたことを知るようになる。“嘘を言わなければ偉業は成し遂げないものだ”、政権を打ち立ててから此の方各回の運動の中で累々と血の債務を負い、これは中国共産党にとって正に最期の到来である。法輪功は“善”を唱道し、常に他人を考慮し、善を成さなければならない。しかし、共産党は常に“残酷に闘争し、無情な仕打ち”を提唱してきた。中国共産党の模範英雄である雷鋒さんは“敵に対しては厳しい冬のように冷酷無情でなければならない”といっている。実際のところ中国共産党は敵に対してだけでなく、党内部の人に対しても大して変わらない。中国共産党の開国元老、元帥そして国家主席をも含めて、皆少しの情けの容赦もない批判や殴打、残酷刑などを受けていた。“階級の敵”に対する虐殺は、なおさらそれ以上に恐ろしいものである。もし“善”が社会で優勢に立ったら、それらの“悪”を基礎とする群衆の運動はもう出現できなくなるのである。

       『共産党宣言』の中で「今日に至ってすべての社会の歴史は皆階級闘争の歴史である」と述べている。これは共産党の歴史観および世界観を代表している。法輪功は矛盾が現れてきたら自分の問題を顧みるように唱道している。この世界観は間違いなく中に向かって反省するもので、共産党の外へ向けられた闘争哲学とはきつ然と対立している。

       しかしながら、闘争は、共産党が政権および生存を維持するための主要な手段である。周期的に粛清する政治運動を発動することは、正に自分を絶えず充電し、“革命の闘志を煥発させる”ためである。この種の暴力および嘘によってさらに強化させ、熟知させる過程こそが、また人々の恐怖を刷新するもので、それはその統治の過程を維持するためである。

       このように、イデオロギーから言っても、共産党の生存のよりどころとなる“哲学”は法輪功の教えとはきつ然と対立するものである。

(二) 信仰は人に恐れを知らないようにさせるが、中国共産党は逆に恐怖によって政権を維持しなければならない。

      真理を認識し、そして十分に理解した人は、恐れを知らないものである。キリスト教はかつておよそ三百年間の迫害を経てきた。無数のキリスト教徒はローマ皇帝に斬首され、焼死され、溺死させられ、ひいてはライオンの餌にされてきたが、キリスト教徒は屈服しなかった。歴史上の佛教法難も、同じような節操を堅く守って屈服しない表現がそこにあった。

       無神論宣伝の一つの重要な目的とは人々に天国も地獄も、善悪応報も信じさせないためである。そのため良心による束縛を放棄し、現実の栄華および享楽ばかりを重視するようになる。このとき人間性の中における弱点に対して操作し、脅迫し、利で人を釣るのに充分な効力を発揮できる。しかし信仰者は生死および紅塵をも看破することができるため、このときとなって世俗の誘惑および生命の威嚇はまるで鴻毛の如くになり、共産党に人をコントロールする力の入り所を失わせるのである。

(三)、法輪功の道徳面での高い基準は中国共産党にとって耐え難いものである

      1989年の“64”事件以来に、中国共産党のイデオロギーは徹底的に崩れた。特に1991年8月ソビエトの崩壊および続いてくる東欧の激変は、中国共産党に極大な恐怖および圧力をもたらした。内外共に行き詰った形勢は、共産党統治の合法性とその存続に空前の挑戦をもたらしたのである。このときの中国共産党にはもうマルクス、レーニン、毛沢東らの元の本旨主義でその党員を整合することができなくなり、かえって全面的な腐敗を持って党員の忠心を交換によって手に入れるようになった。言い換えれば、誰でも党についていけば、党は彼に汚職行為などの方式で入党しない人の得られないメリットを手に入れることを認めた。特に1992年ケ小平の南方巡回以来、中国は役人ブローカーの横行から土地産業および株式市場の投機まで、情婦からいたるところでの扇情的風俗、賭博、薬物乱用などの蔓延まで。“洪洞県内にはもう良い人はいない”とまでは言えないものの、しかし民間ではすでに中国共産党の腐敗を一掃することに確信を失い、中級および上級幹部の腐敗の割合は半分以上だと考えるように至ったのである。

(四)、法輪功の発展および管理方式は中国共産党の嫉妬の元となった

      法輪功の発展の方式は人から人へ、心から心へ伝わり、採用される管理方式は来るも去るも自由で、緩い管理である。これは中国の厳密組織とは全く異なっている。それにもかかわらず、中国共産党の毎週一回、ひいては数回にわたる政治学習、組織生活はまるで形骸化されたものである。党のイデオロギーに対する党員の承認はほとんどゼロである。しかし、法輪功学習者たちは自覚を持って“真善忍”を実践している。それと同時に、法輪功の心身の健康に対する改善、修煉人数を二乗の速さで増加させ、修煉者は自ら望んで李洪志先生の諸著作を学び、そして自費で法を広めていた。短い7年間の時間で、法輪功学習者無から、一億人まで発展した。その当時、およそすべての中国の公園で、法輪功の煉功する際の音楽が流れていた。

       共産党は、法輪功が中国共産党と群衆を“争奪”している“宗教”であると言いふらしている。実際のところ法輪功が人にもたらしたのは一種の文化と生活方式であり、中国人のすでに遺失してから久しくなった祖先の文化および伝統の根である。江沢民および共産党がこれまでに法輪功を恐れているのは、この種の伝統的な道徳がひとたび群衆と溶け合って一体になってしまえば、いかなる力もその迅速に拡大する勢いを阻むことができなくなるからである。こうした生得の伝統は共産党により数十年間切断され、改ざんされた。再び伝統そのものを拾い上げることは歴史の選択であり、一種の広大な群衆が苦難を経験した後に自分の選択した帰結である。この種の選択の必然となる結果はつまり是非を弁え、邪悪を捨て去ることである。つまり共産党に対する根本的な否定および除去でもある。これは中国共産党にとって死への急所を刺されたようなものである。特に法輪功を修煉する人数が中国共産党員の人数を超えたとき、中国共産党の内心から発した恐怖と嫉妬は想像に難くない。

       同時に、中国共産党の社会へのコントロールは徹底されたものである。農村は“すべての村には党の支部がある”、都市の中で党の支部は街道オフィス、軍隊、政府および企業の最も末端にも党の組織がある。この種の絶対的な独占性および排他性は中国共産党が政権を維持するための重要な手段である。『憲法』の中でその名を美化して“党の指導を堅持する”と述べられている。しかし、法輪功の修煉者は明らかに“真善忍”を基準としたいと心から願っている。中国共産党から見れば、これは全く受け入れることのできない“党の指導を否定する”ものである。

(五)共産党は、法輪功が“有神論”を信仰することでその政権の合法性を脅かすと考えている

      真の有神論の信仰は、共産党にとって必ず重大な挑戦となる。なぜなら共産党が政権を握る合法性の源は所謂“歴史唯物主義”である。“人間天国”を建てるためには、人間の“先鋒隊”に頼らなければならない、それはつまり“共産党”の指導である。同時に“無神論”は共産党に随意に道徳の善悪を解釈できるようにさせたもので、そのため本当の道徳はなく、民衆はただ党が永遠に“偉大で栄光に満ちて、正しい”とさえ覚えていればそれでよいことになる。

       しかしながら、有神論は民衆に一つの普遍的な善悪の基準をもたらし、法輪功学習者にとって、ある事柄が正しいかどうかは“真善忍”を持って判断するものである。これは明らかに中国共産党の一貫した“統一思想”にとって障碍となったのである。

       さらに続けるならば、もっと多くの理由があげられるが、上述された五つの原因の中のいずれも、中国共産党にとっては十分に致命的である。実際のところ江沢民が法輪功を弾圧するのも同じ原因からもたらした結果だといえよう。

       江沢民は嘘の略歴を報告することで今の地位の基礎を作り上げた。もちろん“真”を恐れる。民衆を弾圧することにより速く出世したので、もちろん“善”は好きではない。党内で互いに腹を探り合って暗闘することで権力を維持したため、もちろん“忍”も嫌いである。

       江沢民の度量の小さいこと、嫉妬心の強いことは、ある小さな事件からも分かる。浙江省余姚県(現在は市となっている)には“河姆渡遺跡博物館”があり、全国の重要な文物を保護している施設である。当時の“河姆渡遺跡博物館”の看板の題辞は喬石に依って書かれたものである。1992年9月、江沢民は参観する際に喬石の書いた題辞を見ると、すぐに暗い顔となった。同行者らも非常に緊張し始めた。なぜなら彼らは江沢民が喬石を受け入れないことも、また江沢民が自身をひけらかすのが好きで、どこに行ってもその場所で題辞を書き記すようにしていることを知っているからである。“済南市公安局交警支隊”および“鄭州市退職エンジニア協会”でさえも題辞を書き記すようにしていた。博物館の幹部は度量の狭い江沢民に対するもてなしが不行き届きとなるのを恐れて、1993年 5月、博物館が整理後に再び対外に開放されるのを口実にして、江沢民の題辞に換えたのである。

       毛沢東のものは“雄文四巻”と称されている。『ケ小平文選』の中にも“猫論”の実用主義の思想がある。江沢民は苦労してやっと三つの言葉を作り出し、またそれを“三講”と名づけたのである。本が印刷されてから、中国共産党組織による系統的な宣伝を経て、強制的に発注させることで初めて売り出されるようになった。しかし、党員は江沢民に少しの敬意もなく、却っていたるところで彼と女性歌手とのスキャンダル、彼が国外で“オー・ソレ・ミオ”を歌ったこと、およびスペイン国王の前で髪の毛をすくなどのスキャンダルなどを広めた。しかしそれに対して法輪功の創始者は平民の出身であるが、説法のときには教授、専門家、留学生が集まってくる。たくさんの博士、修士などが千里をも遠いといとわずに説法を聞きにやってくる。李洪志先生は充実した明快な話を原稿もなく数時間講じる、そして説法の録音を活字にすればすぐに出版できて本となる。これらのすべては虚栄心、嫉妬心および度量の小さい江沢民にとって我慢ならなかったのである。

       江沢民の生活は極めて荒んで腐敗していた。自身の豪華な専用機を購入するために9億元も使い込んだ。国庫から数百億元を取り出して息子の商売に使わせた。姻戚関係を利用してすべての親族および腹心を部級以上の高官にまで抜擢し。部下の汚職行為を庇護し、すべてにおいて頂点を極めている。そのため、江沢民は法輪功の道徳の力を非常に恐れ、さらに法輪功の講じる天国地獄、善悪応報が本当であることを恐れていた。

       江沢民は中国共産党の最高権力を手に入れたものの、政治における業績および才能に欠けているため、常に自分が中国共産党の残酷な権力闘争の中で失脚することを不安に思っていた。その権力“核心”の権威に非常に敏感になっていた。自分と見解を異にするものを取り除くために、江沢民は陰謀詭計をめぐらして政敵の楊尚昆、楊白氷兄弟を取り除いた。

      1997年の中国共産党十五大会および2002年の中国共産党十六大会のとき、江沢民は政敵を失脚させたが、彼自身は規定を顧みず、権力を握ったまま退こうとしなかった。

      1989年の“64”事件の後に、中国共産党の新しい総書記である江沢民らはある内外記者会見を行うときに、フランスの記者が、ある女子大生が64事件のために四川の農場にレンガ運搬に配置されて、地元の農民たちに何度も強姦されたことを聞いたとき、江沢民は「あなたの言っている事情は事実であるかどうかは知らないが、彼女は暴徒です。もし本当ならば、それも罰を受けるだけのことがあります」と答えた。文革の中で張志新は中国共産党の監獄の中で輪姦されてから喉を切られたことは、江沢民から見れば同じく“罪を受けるだけのことがある”であろう。ここからも分かるように江沢民の下劣で変態かつ残虐な人格が伺われる。

      概括的にいうと、江沢民の暗い心理、独裁権力への欲望、残虐な人格および“真善忍”に対する恐怖は江沢民が理由もなく法輪功を弾圧を起こしたゆえんである。このことは共産党組織と極めて一致している。

三、 江沢民および中国共産党の間における相互利用

      江沢民は一心に法輪功を“消滅”して自分の私憤を晴らそうとしていた。しかし自身をひけらかすことに夢中になること、政治をもてあそぶ権謀術数に夢中になりそしてその無学無能さは広く知れ渡っていた。中国の伝統的な文化に根を下ろし、広範な社会基礎をもつ煉功の群衆に対して、江沢民一人では無力も同然であった。しかし、都合よく中国共産党という暴政マシンがすでに磨きがかかり成熟していた。そして同じように法輪功を取り除こうとした。共産党総書記である江沢民にとって正に火に油を注ぐようなもので、弾圧するというキーを軽く叩いた。二者の弾圧の呼応共鳴は、まさに登山者の叫び声で雪崩を引き起こすような効果があった。

       江沢民が弾圧する命令を下達する前、中国共産党の法輪功への討伐、監視、調査および無実の罪をでっち上げることは早くから始められていた。なぜなら中国共産党という邪教組織の固有に持つ邪悪が本能的に“真善忍”がその存在への脅威であると感じていたからだ。

       さらにこれほども広大で依然迅速に増大していく修煉団体を容認することができなかった。1994年当時より、中国共産党の公安員がすでに法輪功の中にもぐりこんでいたが、なんらかの問題も発見されない上、スパイの多くは法輪功を修煉し始めるようになった。1996年、『光明日報』は気功に対する“宣伝しない”、“干渉しない”、“打撃しない”との三つの政策に違背して文章を発表し、思想領域で理由もなく法輪功を批判した。その後も、公安局および“科学者”の肩書きを持つ政客による法輪功への攪乱は一向に後を絶たなかった。

       1997年初頭、中国共産党中央政法委員書記羅干は、職権を利用して公安部門に全国規模で法輪功に対する調査を行うように示唆した。その意は無実の罪名をでっち上げて法輪功を取り締まることにある。各地で“いまだ何の問題も発見されず”の結論が出された後、羅干はまた1998年7月、中国公安部一局(また政治保護局とも呼ぶ)で公政[1998]第555号の『法輪功に対して調査を展開する通知について』を出した。まず法輪功を“邪教”であると断罪してから、全国各地の公安部門に組織的な“もぐりこみ調査”を行わせて証拠収集をしていた。しかし、調査の結果は依然として何ら見つからずに終わったのである。

       中国共産党が一つの邪悪組織として手を出そうとするとき、またもう一人の最も肝心な弾圧マシンを起動する人が必要である。このとき中国共産党の指導者の処理は重要な役割を果たしてくる。一人の個人として、中国共産党の党首は人間性の中にある善と悪を同時に持っている。もし“善”を選択すれば、暫くは、中国共産党の邪悪な政党の性質の発作を抑制することができる。もし“悪”を選択すれば、中国共産党の邪悪な性質が十分に現れるだろう。

       64事件のとき、中国共産党総書記である趙紫陽は学生を弾圧するつもりはなかったが、中国共産党を支配する八大元老は執拗なまでに弾圧しようとした。その当時、ケ小平は「二十年間の安泰と引き換えに、二十万人を殺すことだ」と言った。この“二十年の安泰と引き換え”とは実質上中国共産党の二十年間の政権と引き換えることである。これは中国共産党の独裁専制の根本的な目的と合致したがため、中国共産党はそれを受け入れた。

       法輪功の問題においては、当時の中国共産党政治局の7人の委員の中で、ただ江沢民だけが弾圧することに固執していた。江沢民の打ち出した口実とは“党が滅び、国が滅ぶ”ことに関連していることである。これが中国共産党の最も敏感な神経に触れた。江沢民個人の権力維持と中国共産党の一党独裁維持は、ここで高度な統一が得られたのである。

       1999年7月19日夜、中国共産党高層会議を司会する江沢民は、権力を持って法に代わり、自ら認識を“統一”し、一人で全面的な弾圧の決定を下し、中国政府の名義で全面的に法輪功を取り締まり、世人を騙した。それで中国共産党および中国共産党のコントロールする中国国家政権および暴力マシンはスピードを上げ、天地を覆い隠すように無辜の法輪功民衆を弾圧し始めた。

       ここから、私達は一つの仮説を立てることができる。もし当時の中国共産党総書記が江沢民ではなく、他の誰かであれば、今回の弾圧は発生しなかったであろう。この意義から言えば、共産党は江沢民を利用したのである。

       逆に言うと、もし共産党はその血による債務および危機感のためでなければ、もしその十悪をすべて備えている卑劣な、天理および人間性の絶滅した本性でなければ、共産党は法輪功を脅威と看做さなかったであろう。もし中国共産党が社会に対してあらゆる隙を狙い、全面的なコントロールがなければ、江沢民の弾圧する意志は組織による保障、財政による保障、メディア宣伝による保障、外交による保障、人員による保障、設備による保障、および監獄、警察、国家安全隊、軍隊といわゆる宗教、科学技術、民主党派、労働者連盟、団結委員会、婦人連盟などからの支持も得られなかったであろう。この角度から見ると、江沢民は共産党を利用したのである。

四、 江沢民はいかにして中国共産党を利用して法輪功を迫害したのか

      江沢民は中国共産党の“全党は中央に服従する”の組織原則および中国共産党の握っている国会マシン、軍隊、メディア、公安、警察、武装警察、国安、司法系統、人民委員大会、外交、偽宗教団体などなどを利用して法輪功迫害に奉仕させた。中国共産党の軍隊、武装警察、公安警察が直接法輪功学習者を拉致し、不法逮捕するのに参加した。メディアは江沢民政権に代えて嘘を散布して法輪功に汚名をきせた。国会安全系統は江沢民に対して個人的なサービス、提供、材料の収集、デマのでっち上げ、偽情報の捏造などを提供した。

       人民大会および司法部門は江沢民および中国共産党の犯罪行為に“合法”、“法治”などの外套を被り、各界の人民を騙し、江沢民の道具および保護の傘へと化した。外交部門は国際社会で嘘を散布し、政治、経済利益で誘惑し、一部の外国政府、政府要員およびメディアを買収し、法輪功の受けた迫害に対して沈黙を保つようにさせたのである。

       江沢民は1999年、法輪功への弾圧を配置する中央任務会議において「共産党が法輪功に勝てないわけがない」と声明した。弾圧全体の配置において、所謂“名誉上においてそれを腐らせ、経済上においてそれを崩させ、肉体上においてそれを消滅させる”の三大方針を実施し、全面的な弾圧運動を展開させた。

(一) メディアを使用して情報を封鎖する

      “名誉においてそれを腐らせる”の実施においては、中国共産党がメディアをコントロールすることで行われた。1999年7月22日、法輪功学習者を不法に逮捕し始めるようになった三日目に、中国共産党のコントロールするメディアは天地を覆い隠すほどの反法輪功宣伝を放送し始めた。北京の中央テレビ局を例に挙げると、1999年の間に、中央テレビ局は毎日7時間を使って各種の前もって制作された番組を放送し、法輪功の創始者である李洪志先生の話を改ざんし歪曲することを初めとして、いわゆる自殺、他殺、持病があるのに通院を拒否して死亡したなどの案件に加えて、あらん限りの力を尽くして法輪功およびその創始者を中傷する否定的な宣伝を行った。

       最も著名な事例は、李洪志先生がある時、公の場で、“所謂地球の爆発は存在しない”の中の“無い”という文字を切り取ってテレビの中では“地球の爆発は存在する”となった。さらに甚だしきものは、花木の接ぎ木をして、普通の刑事犯罪者の犯罪行為を法輪功学習者に移植し、世人を騙した。例えば北京の殺人狂人の傅怡彬、浙江の乞食毒殺事件などなどの精神病患者、殺人犯などをすべて法輪功に罪を着せたのである。

       中国共産党の絶対的なコントロール下にある二千もの新聞、千以上の雑誌、数百の地方テレビ局およびラジオ局をすべて総動員して、全力を持って法輪功を汚す宣伝を行った。これらの宣伝は、再び政府系の新華社、中新社、中通社および海外の中国共産党のメディアなどを通して、海外のすべての国家にばら撒かれた。不完全な統計ではあるが、短い半年の間に、中国共産党のメディアが大陸および海外で法輪功を中傷する報道および批判する文章は30万篇にも上った。

       中国在外領事館にも、法輪功を批判する、多くのパンフレット、ディスク(CD、VCDなど)および単行本が置かれ、法輪功を批判するための所謂特定記事についてのコラムが設置された。

       これにとどまらず、1999年の末に、江沢民はさらにもろ肌脱ぎになって戦いに臨んだ。ニュージーランドで行われるアジア太平洋サミット会議で、中国共産党の制作した法輪功を謗るパンフレットを、一人一冊に会議に参与した十数カ国の元首の手中に渡した。フランスで、江沢民はさらに直接に外国のメディアを通して法輪功が邪教であると宣伝し、“名誉上においてそれを腐らせる”の目標に達することを企んだ。

       一時は黒雲が大地を覆い、文革再来のような草木を枯らす勢いだった。

       最も悪辣なのは、2001年1月に演じられたいわゆる“焼身自殺”の茶番である。その後、新華社を通してかつて無いスピードで全世界に広めた。この事件は、後に国際教育発展組織をも含めた多くの国際組織にやらせであると認定された。質問の回答を求められていることに直面して、テレビ番組の制作に参与した工作員は、中央テレビ局の放送した部分の一場面は“事後に補充して撮った”のだと答えた。人々は疑問を持ち出さずにはいられない。つまり、それらの“少しも死を恐れない法輪功弟子”は、どうして中国共産党当局にこれほど協力したのか?

       でっち上げられた嘘は白日を恐れるものである。捏造でっち上げと同時に、中国共産党は全力で情報を封鎖し、すべての法輪功に関する海外のニュースおよび各種の法輪功学習者の合理的な弁解をも、無情に封鎖を通して消した。あらゆる法輪功の書籍およびその他の資料はすべて処分された。中国の法輪功学習者を取材しようと試みたすべての外国メディアに対し、一律に極端な応対措置を取るか、あるいは記者を中国から追い出し、または海外のメディアを脅かし、市場利益を餌に自主的に一切問わないようにさせた。

       法輪功の事実情況および当局が残酷に弾圧する資料を海外に送り伝えようと試みた法輪功学習者に対しても、中国共産党は極端な弾圧の手段を採用した。清華大学だけでも、十数名の教師および学生たちがこのため中国共産党により重い実刑判決に処せられた。重慶大学の女子研究生である法輪功学習者の魏星艶さんが強姦される案件が暴かれた後、7名の重慶法輪功学習者が重い実刑判決に処せられた。

(二)、罰金、家財の没収を通して生存の権利を剥奪する

      “経済上においてそれを崩させる”ことは、中国共産党国家機器全体で行われた。5年間の弾圧の中、数十万の中国法輪功弟子は恐喝による罰金を受け、少ない場合は数千元、多いときは数万元にも上る。しかしこれらの罰金には、なんら法律的根拠もなく、地方政府、会社組織および派出所、公安局が随意に行い、罰金される人はなんら法律的根拠のある受領書をも受け取ることはなかった。

       家財の没収は、経済を略奪するもう一つの方法である。法輪功の修煉を堅持する学習者は、随時、警察による家財の没収に直面している。家財を没収する者は現金、財物を持ち出し、農村では、時に屋内に置かれた保存の食料さえも見過ごすことはなかった。これも同様に、これらの没収された財物にはなんの領収書もなく、大半は家財の没収を執行する人の私腹にされたのである。

       同時に、法輪功学習者は一時解雇および失業の懲罰に直面することになり、農民は土地を回収される脅威に直面することになった。中国共産党はさらにすでに退職した老人をも見逃さずに、多くの退職した老人は退職年金の支給が停止され、住まいを回収された。一部の商業活動に従事する法輪功学習者たちも、財産を没収されると同時に、銀行の預金も凍結された。

       これらの政策を執行する際、中国共産党は連座の政策を採用した。およそ会社企業に法輪功学習者がいれば、会社の取締役および従業員までも給料の給付を停止され、昇進も停止された。これは社会において法輪功学習者への恨みや憎しみを作り出すためである。そして法輪功学習者の家族もまた、一時解雇および失業に直面し、子供は停学され、住まいを回収されるなどの脅威に置かれた。これらのすべては、法輪功学習者の経済の出所を切断することを目的とし、信仰を放棄させるために強行された政策である。

(三) 残酷刑による虐待および思うままの殺戮

      最も血なまぐさい“肉体上においてそれを壊滅させる”ことは基本的に公安局、検察院、法廷部門に依って執行された。明慧ネット(法輪功の公式サイト)の統計(すべての迫害事実を未だ完全に網羅していないが)によると、1999年7月20日以の5年の間で、民間経由で伝えられ、明らかになった中で、少なくとも1128名の法輪功学習者が迫害されて死亡した。迫害致死の事案は全中国三十の省、自治区、直轄市に分布されている。2004年10月1日まで、死亡案件の発生率の高い地区は、上から黒龍江、吉林、遼寧、河北、山東、四川、湖北などである。その中で最も年少の死亡者は僅か十ヶ月の命、最も高齢なるものは72歳である。女性は51.3%を占め、五十歳以上の老人は38.86%を占めている。しかし中国共産党の官員によって密かに迫害されて死亡した法輪功学習者の数は、実際にはこの数字をはるかに超えていると伝えられている。

       そして法輪功学習者に加えられた各種の残酷刑は、さらに数え切れないほど多い。めった打ち、鞭打ち刑、電撃刑、冷凍刑、縄縛り刑、長時間にわたる手枷と足かせ、火あぶり、焼きごてによる焼けど、吊り下げ刑、長時間にわたって佇ませる刑、跪かせる刑、竹の釘および鉄の針で刺す刑、性的虐待、強姦などなどがある。2000年10月、遼寧省馬三家労働教養所の看守人員は18名の女性法輪功学習者たちを裸にして、男性の牢屋に投入し、男性たちに任意に強姦させ、蹂躙させた。これらのすべては血の跡が点々と付き、文字で伝えることができないほどである。

       “精神病治療”における濫用も法輪功学習者を迫害する多くの残酷刑の一つである。正常で、理性的な、健康な法輪功学習者たちは不法に精神病院に監禁され、中枢神経を破壊する正体不明な薬物を注射された。中には全身不随になり、あるいは局部不随になった事例、両目が失明し、両耳の聞こえなくなった事例、身体の筋肉、器官が腐敗した事例、部分あるいはすべての記憶を喪失した事例、内臓に重症な損害をもたらした事例、発狂するまでに迫害される事例、そして薬物の作用で直ちに死亡した事例などがある。

       調査の結果は、“精神病治療”の手段を持って法輪功学習者を迫害する事案は中国23の省、市、自治区に普く分布され、少なくとも百以上の省、市、県、区の精神病院が迫害に参与したことが分かった。事案の数量および分布範囲から見ても、法輪功学習者への精神薬物の濫用における迫害は、計画され、上から下まで組織的に実施された政策であることが分かる。少なくとも千以上の精神状態が正常の法輪功学習者たちは強制的に精神病院、薬物濫用者の監禁所に監禁され、多くの人が強制的に多種の中枢神経を破壊する薬物を注射され、灌食され、そして長期にわたって縄で縛られ、電撃などの残酷刑に遭い、少なくとも15人はこのような迫害の下で死亡したのである。

(四) 法律体制をも超越した610オフィス

      1999年6月7日、江沢民は、中国共産党政治局会議で、何の根拠もなく法輪功を中傷し、法輪功問題を「政治闘争」と定義し、法輪功を中共の敵と決めつけ、中共の闘争神経を刺激し、中央で法輪功問題処理指導組を成立させた。6月10日に成立させたので、外部に対して“610事務局”と呼ばれていた。後に、この“610事務局”が全国各級政府のいたるところに及び、法輪功を弾圧するすべての具体的な事務を担当し、中国共産党委員指導者の下の政法委員、メディアおよび政府機関の公安、検察院、法廷および国安隊は全てその手先であった。“610事務局”は名義上国務院で看板を出した。しかし実際のところ国家および政府体制以外の党務組織であり、いかなる法律条文および国家の政策規定の制限をも受けず、国家法律体系および政府体系を超越し、国家財源を管理し調整する極大な権力機構を持ったファシズムのゲシュタポに類似している。

       江沢民が法輪功を弾圧する命令を下した後、1999年7月22日、新華社は中国共産党組織部の責任者、中国共産党中央宣伝部の責任者などの講演を放送し、公然と江沢民が法輪功を迫害することを支持した。これらのすべては共産党の厳密な組織において、江沢民が邪悪な計画を実施するのに歩調をあわせるためである。

       多くの事案で、およそ法輪功と関係のある案件について、公安局、検察院および法廷は自主処理の権限を持たずに、必ず“610事務局”の命令に従わなければならないことが証明された。逮捕され、監禁され、そして虐待されて死亡した、多くの法輪功学習者の家族らは、公安局、検察院および法廷部門に質問し、諮問する際に、皆“610事務局”による決定が必要であると告知されるのである。

       しかしこの“610事務局”の存在には、なんの法的根拠もない。“610事務局”が中国共産党のあらゆる体制内の機構に対し命令を下すとき、ほとんどの場合書面による命令および通知はなく、口頭による伝達しかない、そしてすべての伝達を聞いたものは、録音、録画、ひいては文字による記録すらも許されないと規定されていた。

       このような臨時の専制機構は、まさに中国共産党が一貫して使ってきたやり口である。中国共産党がこれまでの政治粛清の運動の中で、このような正常でない手段および正常でない臨時機構による指導によって、例えば中央文革組のように、共産党の暴政を全国に押し広めたのである。

       中国共産党は、長期にわたる暴政および高圧的な統治の過程の中で、暴力、嘘のでっち上げおよび情報の封鎖を用いて世界最大の、もっとも邪悪な国家恐怖主義に鍛え上げられ、その残虐さおよび嘘欺きは最悪の域に達し、その規模および程度はさらに空前絶後である。これまでの政治運動の中で、組織的に人を苦しめ、人を陥れ、殺人の方法と経験を累積してきた。極めて残酷で、狡猾に悪賢いである。

(五)迫害を行うために軍隊と国家財源を使う

      党は全ての州軍隊を管理します。そして、それが、恐れなしで、それが人々を抑える時が欲しくて、それはそれがするのを許します。法輪功の抑制において、江沢民は警察と準軍事的な警察を使用するだけでなくて、7月と1999年8月の間に直接武装した軍隊を使用しもしました。そのとき、何十万もと何百万もの手ぶらの普通の人々さえ全国各地から、北京に行って、法輪功を訴えるつもりでした。兵士は、北京市内で、場所に割り当てられました。北京への全ての主な大通りに沿って、装填した銃を運んでいる兵士が並んでいました。彼らは、訴えに行った法輪功開業医を横取りして、逮捕するために、警察と協力しました。CCPの軍隊の江沢民の直接の配分は、血まみれの迫害への道を開きました 中国共産党は、国家軍隊による統制でその人民を弾圧するときに、なんらはばかるところもなく、したい放題やってきた。今回の法輪功に対する弾圧の中、江沢民は警察、武装警察を動員した上、1999年7月から8月の間に、全国から数十万、ひいては数百万の、身に寸鉄も帯びない農民たちが法輪功の冤罪を晴らすため上京し陳情した際に、江沢民は直接武装した軍隊を使用し、北京を繋がる要路に鉄砲および実弾を帯びた兵士を配置し、警察と共に、陳情してくる法輪功学習者を阻み、逮捕に協力した。江沢民は中共の軍隊を直接動かし、血まみれの迫害への道を開いた。

       中国共産党の国家財政におけるコントロールは、すでに江沢民が法輪功を迫害する経済的な後ろ盾となったのである。遼寧省司法省の高級官員はかつて遼寧省馬三家労働教養所の大会で「法輪功に対処するための財政の投入はすでに一回の戦争に使われる経費をはるかに越えている」と述べた。

       目下では中国共産党が一体どれほどの国家経済資源および人民の汗水たらして納めた税金を投入して法輪功を迫害したのかはまだ分からないが、考えてみれば天文学的数字になることが分かる。2001年、中国共産党公安内部の情報によると、天安門一箇所だけでも、法輪功学習者を逮捕するため、一日の出費は170万から250万元に上る。即ち一年の出費は6億2千万から9億1千万元に上る巨額である。全国規模では、都市部から遠くはなれた農村までに、派出所の警察から公安局、そして各級の“610事務局”の人員まで、江沢民が法輪功を迫害するために少なくとも数百万人を雇用したと推定される。この給料の出費は毎年千億に上る。これに留まらず、江沢民は法輪功学習者を監禁する労働教養所を増築し、洗脳センターおよび基地などを建立するために巨額の経費を投入した。例えば、2001年12月、江沢民は法輪功学習者を転向させるための洗脳センターおよび基地を建てるために一回に42億元を投入した。江沢民はさらに多くの人が法輪功への迫害に参与するよう金銭を通して刺激し、奨励した。多くの地区で、法輪功学習者を捕まえれば数千元ひいては数万元が奨励金として渡された。そして法輪功への迫害の最も邪悪な遼寧省の馬三家労働教養所では、中国共産党は一回に所長の蘇氏に5万元を奨励金として渡し、副所長の邵氏に三万元を渡したのである。

       中国共産党元総書記である江沢民は、今回の邪悪な迫害を作り出した張本人であり、また策を立てる指揮者でもある。彼は中国共産党の運動機制を利用して法輪功に対して迫害を発動した。今回の歴史に残る罪悪から逃れることのできない責任を負っている。もし中国共産党およびその長期の鍛錬でできた残酷な機制がなければ、江沢民も初めから今回の邪悪な迫害を発動し、そして進めることができなかったであろう。

       江沢民が中国共産党と相互に利用し合い、ごうごうたる非難を押し切って天下の大悪をあえて犯し、個人および党の私欲のため真善忍に反対したことは、今回の罪悪および荒唐無稽な迫害の発生する本当の原因である。

五、 江沢民は内部から中国共産党を打倒した

       江沢民は個人の私欲のため、共産党の固有の邪悪を利用して、中国で“真、善,忍”を修練する人々に対する大迫害を行い、社会の善に向け、国家社会にとって最も有益無害な存在に対して討伐を行った。今回の迫害は国家および人民を罪悪および災難に持ち込んだだけでなく、最終的には根本的に共産党自体を打倒した。

       江沢民は、中国共産党を利用して古今東西のすべての邪悪な手段を法輪功に対して施したため、法律、道徳および人間性は極大な破壊に遭い、国家政権の統治基礎を根本的に崩壊させた。

       江沢民集団は、国家の財力および人力のすべてを利用して法輪功を叩き、好い人々を弾圧し、国家および社会に極大な負担をもたらし金融システムに巨大な圧力を与えた。 中共はもはや今回の失敗と決まった迫害を永続させることができず、民衆に負担させ、国債(国庫券)を発行し外資導入によって継続を図った。

       中共および江沢民が、迫害の中で無頼で、残虐な、詐欺にみちた各種の手段を使用し、中国共産党の邪悪の経験の集大成を集中し、法輪功への迫害のためすべてを持ち出した。

       中共および江沢民はすべての宣伝道具を利用して法輪功のデマをでっち上げ、法輪功をそしり、弾圧および迫害の口実を作り出していた。一旦嘘が最終的に暴かれると、このすべての邪悪が迫害の失敗のため暴露され、人々に知り渡ったとき、そのデマをでっち上げる宣伝の道具はもう民衆を騙すことができなくなり、中国共産党も徹底的に信用と評判を失い、民心を失うのである。

       江沢民は1999年、法輪功弾圧の当初、“三ヶ月”で法輪功問題に決着をつけると企んでいた。しかし、中国共産党は法輪功の力を過小評価しすぎて、伝統および信仰の力を見くびったようだ。

       古より邪は正を圧することはできず、邪悪は人々の心から善良を取り除くことはできない。5 年の歳月が過ぎ去った。法輪功は依然として法輪功であり、そして世界中でさらに広汎に伝播されるようになった。江沢民および中国共産党は却って今回の善悪の勝負の中で大敗し、そしてそれ自身の下劣な、残酷なそして邪悪な本性を残らず暴露した。江沢民は今、名声が地に落ち、内外共に行き詰って、まさに多くの法律起訴および清算、法律に依って裁く声に直面している。

       中共は本来、今回の弾圧を通してその暴政を強化することを企んだが、結局のところ“充電”することができなかっただけでなく、またそれ自身のエネルギーをすべて使い果たした。現在の中共はすでに救いようのないものとなり、まるで腐りきった枯れ木のように、わずかな異変が無くとも、自ら崩壊していくものとなったのである。共産党を救おうとする如何なる企ても歴史の潮流に逆らうものでありなんの効果もなく自らを壊滅させる前段であるに過ぎない。

結び

       当時の中共総書記であった江沢民は、今回の邪悪な迫害を作り出した張本人であり、また画策指揮者でもある。江沢民は中国共産党の権力、地位、人を苦しめる手段および運動機制を十分に利用して今回の法輪功に対する迫害を発動し、歴史的な罪悪から逃れることのできない責任を負った。他方、もし中国共産党がなければ、江沢民も根っから今回の邪悪な迫害を発動し、そして進めることができなかったのである。

       中国共産党はその誕生の日からすでに正義および善良を敵とみなし、弾圧を手段として、迫害を特長とし、一党で天下を統一する思想を持ってその統治基盤を統括してきた。共産党はその本性の故に、真善忍を恐れ、法輪功を敵視し、その法輪功への弾圧および迫害もまた、偶然の中の必然となったのである。江沢民と中共が“真、善、忍”弾圧に偽、悪、暴、毒、邪、腐敗を氾濫させ、中国の大地に後に残るものは普遍的な道徳の淪落、社会風紀の悪化であり人々も其の害を深く受けた。

       中国共産党および江沢民の間における相互利用は、二者の命運を一緒に縛り上げた。法輪功は正に江沢民を起訴している中、江沢民が法に依って裁かれるとき、中国共産党の終わりも想像できるものであろう。

       真善忍を修練する良い人たちに対して、非人道的な迫害を行うことは、天理も許さないものである。江沢民および中国共産党の罪悪行為は、また人類に永久に深刻な教訓を残すだろう。