大紀元社説シリーズ『九評』(共産党についての九つの論評)
【その四】共産党は宇宙の法則に反する勢力である
      中国人は「道(どう)」を極めて重んじる民族である。古代、暴虐な帝王は「非道で愚かな君主」と呼ばれ、人が何事かをなすとき、世の人々の認める「道徳」基準に合わない場合は「道理に合わない」と言われた。更には、農民の造反でさえ、「天に代わって正義の「道」を行う」というスローガンが掲げられた。老子曰く、「物あり混成し、天地に先だちて生ず。寂(せき)たり寥(りょう)たり、独立して改めず、周行して殆(とど)まらず。もって天下の母となすべし。われその名を知らず。強いてこれに字(あざな)して道という。(天地が生ずる以前に、すでにあるものが存在した。そのものは、混沌として形容しがたく、感覚で捉えることはできない。他に依存せぬ独立の存在で、そのはたらきは時間空間を超越して止むことがない。これが天地の母である。このものは、限定できないから、名づけられない。強いて名づけて「道」とよぶ。)」<『中国の思想6老子・列子』徳間書店より>すなわち、天地は「道」から生まれたということである。

      しかし、この百年来、共産党の亡霊が大きな音を轟かせて侵入してきたことにより、自然に背き、人間性に背く力が形成され、無数の苦痛と悲劇が生み出され、人類の文明は絶滅の瀬戸際にまで追いやられてしまった。その「道」に反する諸々の暴行は、自ずと天地にも反するものであり、従って、それは宇宙の法則にも反する極悪な勢力となった。

      「人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。」中国人は古来、天と人は一つであり、人と天地は融合し、互いに依存し合って生存すると信じ、それを守ってきた。天の道は不変であり、その循環には法則がある。地は天の時に従って、四季がはっきりと分かれ、人は天地を尊びて、恩に感謝し、福を惜しむ。いわゆる「天の時、地の利、人の和」である。中国人の概念の中では、天文、地理、暦法、医学、文学、そして社会構造に至るまで、すべてこの理念に貫かれているのである。

      しかし、共産党は、「人は必ず天に打ち勝つ」と宣揚し、「闘争哲学」を持ち、天地自然を見下げてきた。毛沢東曰く、「天と戦いてその楽しみは尽きず、地と戦いてその楽しみは尽きず、人と戦いてその楽しみは尽きぬ」。共産党はその中から本当の楽しみを得たかもしれないが、人民はそのために痛ましい代価を支払った。

一 人間と戦い、人間性を消滅させる

(一)善悪が入れ替わり、人間性が消滅させられる

      人は、まずは自然的人間であり、その後はじめて社会的人間となりうる。

      「人の初まりは、性は本より善であり」、「惻隠の心は、人皆これを有する。」人が是非善悪を判断する基準は、その多くが生来のものである。しかし、共産党にとって、人は動物であり、機械でありさえする。ブルジョアジーであれ、プロレタリアートであれ、その眼中では、みな物質的力なのである。

      共産党の目的は、人を操り、人を次第に造反する暴徒に造り換えることである。マルクスは、「物質的力は物質的力によって消滅させねばならず、理論がいったん大衆をコントロールすることができれば、それも物質的力となりうる」、「人類の歴史は全て、ほかでもなく、人間性の絶え間ない改変であり」、「人間性とは階級性そのものである」と述べた。彼は、内在的・先天的なものは一切なく、すべては環境の産物であり、皆「社会的人間」であると考え、フォイエルバッハの「自然」的人間という考えに反対した。

      レーニンは、「マルクス主義は労働者階級から自然発生することはありえず、外から注ぎ込まなければならない」と言った。ただ、彼は、どんなに心血を費やしても、労働者を経済闘争から奪権のための政治闘争に導くことはできなかった。そこで、ノーベル賞受賞者パブロフの「条件反射説」に希望を託し、その説は「全世界の労働者階級にとって重大な意義をもつ」と述べた。トロツキーはさらに、条件反射は心理的のみならず生理的にも人を変えることができ、犬が食事のベルを聞くなり涎を垂らすがごとく、兵士に、銃声を聞くなり勇往邁進し、共産党に命を捧げさせることができるとまで妄想した。

      古来、人々は、努力すれば労働が報われ、勤勉であれば生活が豊かになると考えて、それに憧れ、逆に、食いしん坊で怠け者であり、働かずして利益を得る者は悪辣であると考えてきた。ところが、共産党が疫病のごとく中国へ流れ込んでからは、社会のごろつきたちが、共産党の奨励の下、土地を分配し、財産を奪い、男をいじめ、女を横取りし、それらは全てが堂々たる合法的な行為となった。

      人は皆、年長者を敬い幼い者をいたわるべきであり、師や年長者を眼中に置かないのはよくないことだと分かっている。古代の儒家の教育は大学と小学に分かれていた。15歳までが小学教育で、学ぶ内容は掃除、立ち居振る舞い、応対などのこまごましたこと(つまり、衛生、立ち居振る舞い、物言いなどに関する教養)であった。その後の大学教育では、道徳、道義などの学問に重点が置かれた。しかし、批林批孔運動ならびに師道の尊厳を批判する運動の中で、中共はこれらの道徳規範を青少年たちの頭の中から徹底的に消し去った。

      古人曰く、「一日の師は、終生の父」。1966年8月5日、北京師範大学女子付属中学・高校の女子生徒たちは、卞仲耘先生に山高帽を被せ、体に墨をぶっかけ、ちりとりを叩かせながら町を引き回し、首に黒い札を吊るし、無理やり跪かせ、釘の付いた棒で殴り、熱湯をかけるなどした。その結果、卞先生は無残にも殴り殺されてしまった。北京大学付属中学・高校の女性校長は、生徒たちによって無理やりぼろぼろの洗面器を叩きながら、自分は「醜悪な悪人」だと叫ばされた。髪の毛はぐちゃぐちゃに刈り取られ、暴行によって頭から血を流しながらも、地面に押し倒されて這わされた。

      人は一般に、清潔であるのが良く、汚れているのは良くないと考えるが、中共は、「全身泥だらけで、手は蛸だらけ」、「手は真っ黒で、足に牛糞が付いている」ような人の思想こそがまともで、このような人こそ大学へ行き、共産党に入り、昇進し、共産党の後継者になるべきだと宣伝した。

      人類の進歩は知識の進歩であるが、共産党の統制下では、知識は悪者になった。知識人は「社会的地位の一番低いヤツ」と称され、知識のある人は知識の無い人に学ばなければならず、貧下中農の再教育を受けて始めて新しい人生をやっていくことができた。知識人に対する再教育を受けるため、北京清華大学の先生たちは江西省南昌市の鯉魚洲へ送り込まれた。そこでは住血吸虫病が流行しており、もともとそこにあった労働改造施設さえもよそへ移転せざるを得ないくらいであったため、先生たちはそこの川の水に触っただけですぐに感染し、肝硬変や肝腹水になり、多くの人が一般的な生活能力を失ってしまった。

      カンボジアのクメール・ルージュ(カンボジア共産党)は周恩来に唆されて、知識人に対し極めて酷い迫害を行った。独立思想を持つ人に対しては改造を行い、精神的にも肉体的にも消滅させた。1975〜78年の間に、カンボジア人民の4分の1が殺害された。頬にメガネをかけた後があるというだけで、災難から逃れられなかった人さえもいた。

      カンボジア共産党は、1975年に勝利を収めて後、ポル・ポトが空前の社会主義建設を始めた。つまり、階級の差別がなく、都市と農村の差別がなく、通貨がなく、商品交易のない「人類社会の天国」である。最後には家庭も解体され、男性労働隊と女性労働隊が設立されて、一律に強制労働を強いられた。仕事の出来に関係なく、一律に大釜の飯を食べ、一様に黒の革命服や軍服を着させられた。夫妻であっても、許可を得た上で一週間に一度しか会うことができなかった。

      共産党は、「天をも地をも恐れない」をスローガンに、天地を変えようなどということを考えた。それは実は、宇宙のすべての正の要素と力を徹底的に否定しようとするものであった。毛沢東曰く、「各世紀で、各民族が様々な大革命を起こし、その度に古いものが一掃され、新しいものが打ち立てられた。これは皆、生・死・成・壊の大変化である。宇宙の破壊もまた然りで、それは決して真の破壊ではない。ここで破壊されても必ずやまた彼方で生まれ出ずる。私はその破壊を強く望む。なぜなら、古い宇宙が破壊され新しい宇宙が生まれるからであり、それは必ずや古い宇宙に勝るものなのである。」

      肉親の情は自然なものであり、夫婦、子女、父母、友人といった人と人の間の正常な交際によって人類社会が構成されている。しかし、絶え間ない各種の政治運動を通じて、中国共産党は人を狼に変え、虎や狼よりさらに残忍に変えた。虎は残忍だとはいえ、わが子は食わないが、中国共産党の統治下では、父母、子女、夫婦間であっても、互いに誤りを暴きだし、親族関係を断つケースがどこにでも見られる。

      1960年代、北京のある小学校で一人の女性教師が児童に漢字の書き取りをさせたとき、うっかり「社会主義」と「崩壊」を一緒に並べてしまい、児童たちによってそれを摘発された。彼女は連日批判会に引っ張り出され、男子児童にびんたを食らわされた。娘も彼女と親子関係を断ち、何かある度にすぐクラスのみんなの前で自分の母親の「階級闘争の新動向」を暴きだした。その後数年間、この教師は毎日学校でトイレなどの掃除ばかりをさせられた。

      文化大革命を経験した人は張志新さんのことを忘れることはないであろう。彼女は刑務所に入れられ、そこの警官によって何度も野獣のごとく服を剥ぎ取られ、後ろ手に手錠をかけられたまま、男性囚人の牢獄に放り込まれたのである。その結果、彼女はほしいままにレイプを受け、ついには気が狂ってしまった。このような状態になったにもかかわらず、処刑されるに当たって、彼女が何か叫ぶのではないかと恐れた刑務所側は、自ら彼女の頭をレンガに押し付け、麻酔を打たずにナイフで彼女の喉笛を切ったのである。

      近年の法輪功に対する弾圧に関しても、中共は、恨みを造り出し、暴力を扇動するといった従来の手段を利用した。

      共産党は人間の持つ善良な本性を抑制し、人間性の悪の一面を鼓舞し、放任し、それを利用することによって、統治を強化しようとしてきた。次から次へと起こる政治運動によって、良心を持つ人でさえ、暴力に恐れをなし沈黙に陥るのである。共産党は系統的に宇宙の普遍的な道徳観念を完全に打ち壊し、人類が幾千万年にもわたって維持してきた善悪廉恥を判断する基準を徹底的にひっくり返そうとしたのである。

(二)相生相克を超える邪悪

      老子曰く、「天下みな美の美たるを知る。これ悪なり。みな善の善たるを知る。これ不善なり。故に有無相生じ、難易相成り、長短相較(くら)べ、高下相傾き、音声相和し、前後相随(したが)う。(人はだれしも、「美」はつねに美であると考える。美は同時に「醜」でもあることを知らない。だれしも、「善」はつねに善であると考える。善は同時に「悪」でもあることを知らない。「有」と「無」、「難」と「易」、「長」と「短」、「高」と「低」、「音」と「声」、「前」と「後」、これらの対立する概念は、あくまで相対的な区別にすぎない。相互に連関し合い、限定し合い、転化し合って、ひとつの統一をなしている。)」<『中国の思想6老子・列子』徳間書店より>すなわち、人間社会には相生相克の理があり、人に良し悪しの別があるだけでなく、一人の人間自身にも善悪が混在しているということである。

      盗跖は強盗の代表と見なされているが、彼は手下に、「盗にも亦道あり」と説き、さらにそれを解釈して、強盗も「聖、勇、義、智、仁」でなければならないと言っている。つまり、強盗であってもほしいがままになしてはならず、守らなければならない決まりがあるということである。

      翻って中国共産党の歴史を見ると、投機や裏切りに満ち満ちており、如何なる規則の束縛も存在しない。例えば、強盗が最も重んじるのは「義」であり、盗品を分ける場所でさえ「義を集めて盗品を分ける場所」と呼ぶ。ところが、中共の同志たちは危機に直面するなり、すぐさま互いに相手の誤りを暴きだし、止めの打撃を加え、さらには濡れ衣を着せて罪に陥れ、相手の罪をでっち上げたりまでする。

      彭徳懐を例にとろう。毛沢東は農民出身であり、1ムーの土地から13万斤の食糧が取れないことはもちろん知っており、彭徳懐が言っていることが皆事実であることも知っており、彼が自分の権力を奪おうなどと考えていないことももちろん知っていた。さらには、国共内戦のとき、彭徳懐が2万人の部隊でもって、胡宗南の20万人の部隊と血みどろの苦戦の末、何度も毛沢東の命を助けたということも知っていた。しかし、彭徳懐がわずかに毛沢東に意見しただけで、毛沢東はすぐさま自ら書いた「誰が果敢に立ち向かいうるか、ただ我が彭大将軍のみである」という、彭徳懐を称える詩をくずかごに投げ捨て、彭徳懐を死地に置こうとしたのである。縁を切ったということである。

      共産党は、残虐に人を殺し、仁政を施さず、仲間内で争い、義を重んぜず、国土を売り渡し、勇気と力がなく、正しい教えを敵と成し、智慧に欠け、大衆運動を起こし、聖人が国を治める道に非ず。つまり、共産党は「盗にも亦道あり」という最低のモラルさえも放棄し、その邪悪の程度は宇宙の相生相克の理を完全に超えてしまっている。共産党は自然的人間性を完全にひっくり返した。それは、善悪の基準をひっくり返し、宇宙の法則をひっくり返すためであり、それがあまりにも不遜で無知であるため、自ずと消滅の結末から逃げられないのである。

二 地と戦い、自然の法則に背けば、その禍は尽きない

(一) 階級闘争が自然界にまで及んだ

      金訓華は上海市呉淞第二中学・高校の1968年卒業生で、上海市中学・高校の紅衛兵代表会の常務委員であった。1969年3月、彼は黒龍江省へ行き、再教育を受けた。1969年8月15日、山津波が急に起こり、双河の両岸が一面水に覆われた際、金訓華は生産大隊の2本の電柱を守るため、急流に飛び込み命を失った。

      金訓華の生前の日記:

7月4日

      私は今、農村における階級闘争の厳しさと激しさを感じ始めている。毛主席の紅衛兵である私は、百戦百勝の毛沢東思想によって、反動勢力を真っ向から痛撃する一切の準備が整った。たとえ犠牲になったとしても願うところである。プロレタリアートの専制を強固にするため戦闘に力を注ごう!戦闘!戦闘!

7月19日

      某大隊の階級の敵の勢力がまだ強くはびこっている。知識青年が農村に来たのは、農村における三大革命闘争に参加するためであり、まずは階級闘争に参加しなければならない。われわれは貧下中農に依拠し、大衆を発動して敵の勢力を抑えるべきである。われわれ知識青年は、永遠に毛沢東思想の偉大な紅旗を高く掲げ、常に階級闘争を忘れず、常にプロレタリアートの専制を忘れてはならない。

      金訓華は天地と戦い、人類を改造するという理想を抱いて農村へやって来た。彼の日記から、彼の頭の中には「闘」の思想が充満していることが見て取れる。彼は「人と戦う」という思想で天地をも貫き通し、ついには命まで失ってしまった。金訓華は闘争哲学の一例であり、同時に間違いなくその犠牲者でもあった。

      エンゲルスは、「自然は必然に対する認識である」と述べた。毛沢東はこれに「世界に対する改造でもある」と付け加えた。この画竜点睛の補足が、実は充分に共産党の自然に対する認識を明らかにしている。それはつまり、自然を改造するということである。共産党が認識した「必然」とは盲目的な物質であり、その根源の「規律」を説明する術はない。人の主観的能動性を発揮させ、客観的規律性を認識すれば、大自然界と人類を「征服」することができると考えた。共産党は、旧ソ連と中国という2つの「実験田」をめちゃくちゃに改造してしまったのである。

      大躍進時代の民謡が、中共の傲慢で愚かな様を映し出している。「高山に頭を下げさせ、河川に道を開けさせる」、「天に天帝無く、地に竜王無し。我こそが天帝であり、我こそが竜王だ。三山五嶺に道を開けろと一喝する。我来たる!」

      共産党がやってきて、本来調和のとれていた世界を破壊し、自然界のバランスを破壊してしまった。

(二)自然界を破壊し、自業自得となる

      中共は「食糧を綱とする」農業政策を推し進め、農耕に適さない山地や草原をもほしいままに開墾し、河や湖を埋め立てた。結果はどうなったか。中共の宣伝によると、1952年の食糧生産量は国民党政府の時期を超えた。しかし、中共が明らかにしていないことであるが、1972年になってやっと、中国の食糧総生産量は同じく平和な時代であった清の乾隆時代を超えたのである。そして今日、中国の一人当たりの食糧生産量は依然として清朝に遥かに及ばず、中国の農業が最も栄えていた宋朝のわずか3分の1に過ぎない。

      森林の無計画的な伐採と河や湖の埋め立ての結果、中国の自然生態環境が大きく破壊された。今日、中国の生態環境はすでに崩壊の瀬戸際に至っており、海河と黄河はすでに水が涸れ、淮河と長江は汚染され、中華民族が生存を託してきた血脈が完全に切断され、甘粛、青海、内モンゴル、新疆では草原が消失し、黄砂がもうもうと中原の大地へ向かってきている。

      1950年代、中共はソ連の専門家の指導の下、黄河に三門峡水力発電所を建設した。その発電量は今日わずかに中規模の河川のレベルに過ぎないのに、上流では土砂が溜まって、川床が高くなったため、ちょっとした洪水で両岸の住民は生命や財産に大きな被害を受けることとなった。2003年に起こった渭河の洪水の最高水量は3,700?/秒であり、4,5年に一度の洪水規模であったにもかかわらず、50年に一度というほどの大規模な洪水災害となってしまった。

      河南駐馬店では、大規模ダムがいくつも建設されたのだが、1975年ダムの堤防の連鎖決壊によって、わずか2時間で6万人の命が奪われ、死者総数は20数万人に達した。

      説明しておかなければならないことは、中共政権は中華の大地に対するほしいままの欺きと略奪を今なお続けているということである。長江ダムも南水北調(南の水資源を北へ調達する)も、いずれも億万単位のお金で自然の生態を変えようとしているのである。中小規模の「地との戦い」プロジェクトは数え切れないほどである。さらに甚だしいことに、原子爆弾を使って青蔵高原に道を切り開き、中国の西部地域の自然環境を変えようと提案している人さえいるのである。その大地に対する蔑視と傲慢さに、世の人々はそれを横目に見るが、決して彼らの予想外のことではないのだ。

      周易の八卦で、我が先人は、天を以って乾となし、之を尊びて天道となし、地を以って坤となし、之を奉じて坤徳となした。

      周易・象(しょう)に曰く、「地勢は坤なり。君子もって徳を厚くして物を載(の)す。」<『中国の思想7 易経』徳間書店より>

      孔子は易に注を加えて曰く、「至れるかな坤元、万物資(と)りて生ず。(完全なる坤の生命力。その力を受けて万物が生まれる。)」<『中国の思想7 易経』徳間書店より>

      文言に曰く、「坤は至柔にして動くや剛なり。至静にして徳は方なり。後(おく)るるに主を得て常あり。万物を含みて化光(おお)いなり。坤道はそれ順なるか、天を承(う)けて時に行なう。(「坤」の卦(か)は柔の極致、しかも動くときは剛、力強い。「坤」はまた静の極致、しかもその徳は方正、乱れることがない。退いて人の後に従い、永く身を保つ。万物を包容して、大いに化育する。坤道はなんと柔順であることか。天の力を受け入れ、時に応じてその力を発揮する。)」<『中国の思想7 易経』徳間書店より>

      言うまでもなく、地母の坤徳を以ってしても、柔に至り、静に至って、永く身を保って天の力を受け入れてはじめて、徳を厚くして物を載(の)せることができる。同時に、人類の乾坤道徳に対する態度も示した。すなわち、天の力を受け入れ、地に随い、自然を尊重するということである。

      しかし、中共は、「天地と戦う」という態度で、大地に対してほしいがままに略奪を繰り返し、抑圧と搾取を行い、天地に逆らったため、最後には必ずや天地と自然の規律の懲罰を受けることになる。

三 天と戦い、信仰を迫害し、神に対する人々の信仰を否定する

(一)有限の生命が如何にして無限の時空を認識するのか

      アインシュタインの息子アルベルトが父親に聞いたことがある。「お父さんはどうしてこんなに有名なの?」アインシュタインは、「この大きなボールの上を目の見えない大きな甲虫が這っているのが見えるかい?そいつは、自分が這っている道が曲がっているということを知らないけれど、アインシュタインは知っている」と答えた。この言葉は実に意味深長である。中国に「廬山の本当の姿を知らないのは、その身が廬山の中にあるからだ」という諺がある。もしあるものの体系を知りたければ、必ずその体系の外から考察しなければならない。ところが、人の有限の生命を以って、宇宙の無限の時空を観察しようとしても、人類は永遠にその全貌を知る術はなく、宇宙も人類にとって永遠の謎となってしまうのである。

      科学が超えられない障害は自ずと形而上的なものであり、それは当然のことながら「信仰」の範疇と見なされた。

      信仰という人間の内心世界の活動、すなわち、生命、時空、宇宙に対する体験や思考は全く政党が管理すべき範疇のものではなく、「神のものは神に帰し、カエサルのものはカエサルに帰すべきである。」ところが、共産党は自らの宇宙と生命に対するかわいそうなくらいにばかばかしい認識に基づいて、彼らの理論の外にあるもの全てを「迷信」と称し、さらには、有神論者を洗脳、転化し、悉く打倒し、ひいては肉体を消滅させるのである。

      真の科学者の宇宙観は開放的であり、自らの有限の「既知」によって無限の「未知」を否定するなどということは決してしない。著名な科学者ニュートンは、1678年に出版された大著『数学原理』の中で、力学原理について詳述し、潮汐の原理や惑星の運行について説明し、併せて太陽系の回転方式を算出した。ニュートンは、これほど大きな成功と名誉を勝ち得たにもかかわらず、自分の本は全て現象の記述であり、自分には、最高至上の神が宇宙を造った真の意義を論ずる資格など無い、と再三表明した。『数学原理』の第2版が出版された際、ニュートンは本の中で次のように記して自らの信念を表した。「太陽、惑星、慧星を含むこの善美を尽くした大きな体系は、全能の神の手によるものである。……まるで目の不自由な人が色に対して全く概念を有していないのと同様に、我々は神が万事万物を理解する方法に関しては全く何も知らない。」

      時空を越える天国世界があるかどうか、また、修煉する人が返本帰真の境地に達しうるかどうかはさておき、真に正しい教えを信ずる人は皆、善悪に報いがあるということ、つまり因果関係の原理を信じている。正統な信仰は人類の道徳をある一定レベルに保たせることができる。アリストテレスからアインシュタインまで、彼らは皆、宇宙には普遍的な規則が存在すると信じていた。人々は様々な方法で絶えず宇宙の真理を探究してきた。ということは、科学的探索以外にも、宗教や信仰、修煉も真理を発見するための方法や手段でありうるのではなかろうか。

(二)中共は人類の正しい信念を破壊する

      世界のどの民族も皆、歴史上、神の存在を信じてきた。正に神に対する信仰があり、善には善の報いがあり、悪には悪の報いがあると信じているからこそ、人々は心の中で自己を律することができ、社会の道徳水準を維持することができるのである。古今東西、西側の正統な宗教も東方の儒教、仏教、道教も皆、人々に、神を信じ、天を敬い、善に従って福を惜しみ、恩に感じてそれに報いることを知っていれば、本当の幸福を得ることができると戒めてきた。

      共産主義の中心的指導思想は、神も佛も道もなく、前世も後世もなく、因果報応もないということを宣伝することである。従って、各国の共産党は、貧乏人やルンペンプロレタリアートに対して、神を信じる必要がなく、業力も返す必要がなく、おのれの本分を守る必要もなく、かえって金品や権利をペテンや暴力で奪い取り、造反して財を築くよう、奨励した。

      中国では古代、皇帝たちは「九五の尊」と称されながらも、自らを「天の子」と称し、「天意」の統轄と制約を受けており、折につけ詔を下し、天に懺悔し自らの罪の許しを請うた。しかし、共産党は自らが天意を代表すると言い、眼中には法も神もなく、如何なる制限もなく、その結果、人の世の地獄を作り上げてきた。

      共産党の始祖であるマルクスによれば、宗教は人々を麻痺させる精神的なアヘンである。彼は、人々が神を信じ共産主義を信じないことを恐れた。エンゲルスの『自然の弁証法』の第1篇に収められているのは、ウォレスの「心霊学」研究に対する批判である。

      エンゲルスは、「中世及び中世以前においては、すべてのものは人類の理性の審判台の前で自己の存在理由を弁護しなければならなかった」と述べたことがある。彼はこう述べると同時に、すでに自分とマルクスを審判台の前の裁判官であると見なしていたようである。無政府主義者のバクニンはマルクスの友人である。彼はマルクスのことを次のように形容している。「彼はあたかも人々の神であるかのようである。彼は自分以外のほかの人が神であることが許せない。彼は人々に、自分を偶像として神のように平伏し崇めるよう求めた。さもなくば、酷い罰や陰謀迫害を加えられた。」

      しかし、伝統的な正しい信念は、共産党人のこの企てにとって天然の障害となった。

      中国共産党の宗教に対する迫害は、病的なレベルにまで達していると言えよう。文革中無数の寺院が破壊され、僧侶は町を引き回されて見せしめにされた。チベットの90%の寺院が破壊され、中国全体で今日までに、数万の地下キリスト教会信者が拘束された。上海のカトリック教神父・?品梅さんは中共によって30年あまりも拘束され、1980年代末になってやっとアメリカへ渡ることができた。彼は90数歳で亡くなる前に残した遺言で、「共産党が中国を統治しなくなったら、私の墓を上海へ移してほしい」と述べた。一人の人間が信仰のために残虐な邪悪勢力によって30年あまり密かに拘束されたのである。中共はかつて何度も彼に、中共の「三自愛国委員会」の指導を受ければ、すぐに自由の身にさせてやると迫った。また、近年、中共は真善忍を信仰する法輪功修煉者に対して迫害を加えており、これは正に中共の「天との戦い」の延長であり、中共が躍起になって陰謀を遂行しようとしてきた必然の結果でもある。

      無神論の共産党は、神に対する人々の信仰を誘導しコントロールしようとしている。「天と戦いてその楽しみは尽きぬ」とは、なんともばかばかしく、「思い上がりの自惚れ」という言葉ではそのばかばかしさを万分の一も形容できない。

      結び

共産主義の実践は、世界中ですでに完全に失敗した。世界で最後の共産大国のリーダー・江沢民は、2002年3月ワシントンポストの記者に次のように公言した。「私は若いころ、共産主義がすぐにやってくると信じていたが、しかし、今はそうは思っていない」。現在本当に共産主義を信じる人はもうほとんどいない。

      共産主義運動の失敗は必然的なものである。宇宙の法則に背き、天に逆らうということは、宇宙に反する勢力である。そのため、天意と神の懲罰を受けるのも当然である。

      中国共産党は何度もその姿を変え、何度も命綱を掴んで危機を乗り越えてきたが、その最後の結末は火を見るよりも明らかである。中共はその綺麗な上着を一枚一枚脱ぎ捨て、赤裸々に貪婪、凶悪、無耻、ならず者、そして反宇宙の本姓を暴露しつつあるが、依然として、人々の思想を束縛し、人類の道徳倫理を扼殺し続けている。それは、人類の道徳文明と平和的発展にとって、依然として脅威的な災いである。

      茫々たる宇宙は、逆らう術のない天意を備えている。それは、言い換えれば、神の意思であり、自然の法則であり、大自然の力である。人類は天意を敬い、自然の法則に随い、宇宙の規律を尊重し、天下の生霊を思いやってはじめて、自らの未来がありうるのである。